講師紹介

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keiko

こんにちは、大平桂子です。私のプロフィールです♪

少し長いですが、読んでいただけると嬉しいです( ˘͈ ᵕ ˘͈ )♡

 

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楽しいレッスン

前橋市で3人兄弟の真ん中として生まれました。

 

その後高崎市に移り、4歳の頃からヤマハ音楽教室に通い始め、7歳の時に個人の先生に習うようにもなりました。

 

ピアノは母がやらせたかったらしく、他にも、そろばん、習字、バレーボールも習いましたが、ピアノが一番続いた当時のヤマハのレッスンは、楽しく当時弾いていた『コミカルトレイン』という曲を今でも覚えています。

 

耳が良かったので幼稚園の時の音当ては全部当たって、周りが「わぁ〜」となったのを覚えています(*´∀`*)

 

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ピアノを弾くのが当たり前

小学校に上がり担任の先生に気に入られてよく伴奏を弾いていました。

 

6年生の発表会で軍隊ポロネーズをもらい『こんだけ難しいんだからとりだろう!』と思っていたら、上手な子がいてがっかりしました・・・

 

自分は、当時はあんまり練習する子ではありませんでしたが、耳が良かったのと、集中で持っていました。

 

見た目のと内面のギャップ

体が大きく、常に後ろの人で、男まさりに見えましたが、実は結構女子で泣き虫でした。そんな見た目と内面のギャップに苦しみ男の子にいじられて結構傷ついていました。

 

その中でも頑張ってリーダーシップを発揮して、徐々に周りにも認められていきました。

 

小さな自信の芽

恩師の先生は素晴らしく、たくさんの生徒さんがいる中も上手に子供達を伸ばしており、私の理想でした。

 

特徴として、のびのびとレッスンをしてくれ、発表会などもちゃんとスケジュールを立てて、十分準備を持って臨ませてくれました。

 

『桂子ちゃんは手がしっかりしているので、いい音が出るから、こういうかっこいい曲がいいね』と、わたしの良さを見抜いてくれて伸ばしてくれました。

 

自分がここまでこれたのは、自分の中の小さな自信の芽を育んでもらえたからだと思います♬

 

いい所を褒められて育つ

中学生になるまでピアノの先生の策にはまり、乗せられてはいましたが、かえってそれが良かったと今になって思います(◍•ᴗ•◍)

 

小学生までは周りと自分を比べることがなく、もともとあまり負けず嫌いではなかったので、周りと比べてどうというのは自分には効果がなかったのかもしれません。

 

そこを先生が見抜いて、周りと比べることなく、ただひたすらに私のいいところを褒めてくれたように思います。

 

中学は陸上部に生徒会

生徒会が楽しそうに見えて、中2で立候補し生徒会長に決まりました。生徒会長として前に出たりピアノ伴奏で弾いたりと人望を集め、生徒会はとっても楽しかったです。

 

いいメンバーが集まり明るく勉強のできる人ばかりで、用もないのにみんなで集まってあれこれ企画していました。改革にも望み映像を撮ったりと青春真っ只中!!いい思い出でした。

 

  • 面倒見がいい
  • 世話好き
  • 面白い
  • 元気

そんな風に見られていました。

 

制服に憧れての受験

中3の夏前にチェックのスカートが可愛かったいう理由で(笑)その高校がいいかな・・と思っていた所、ちょうどピアノの先生からも勧められピアノの先生のご自宅が近い、高校の音楽コースを受けようと思いました。

 

そこで先生に相談したところ受けて見たら?ということになったので、チェルニーとベートーベンのソナタを練習始めましたが、あの優しかった先生が急に厳しくなりびっくり!しました^^;

 

さすがお母さん!

それまでお母さんは基本全て私に選択させてくて、特に矯正することもありませんでしたがこの時だけは違いました。

 

厳しくなったピアノレッスンに『もうやめたい!泣』と母にいいましたが、その時だけはうまくあしらわれ、何事もなかったかのように普通にレッスンに連れられて結局そのまま続けました。

 

あの時やめていたら今の自分はなかったと思います。お母さんには今でも感謝しています。母に当時のことを聞いて見たが、覚えていませんでしたが。。。笑

 

あの制服が着れる!

昔から本番には強く、試験当日もうまく弾けました。合格発表日が来て、合格が決まると、いの一番『あの制服が着れる』と喜びました♬

 

そして高崎経済大学附属高校の芸術系音楽コースに進学しました。

 

初めての挫折

音楽コースのレベルは高く、自分がやっとこさ頑張って持っていった曲よりもはるかに難しい曲を同級生がバリバリ弾いておりカルチャーショック受けました。

 

ほとんどの人がグランドピアノを持っていたので、祖父にグランドピアノを買ってもらいました。

 

また先生とも折り合いが合わず、何かにつけて目をつけられてしまい、友人関係のトラブルにも巻き込まれ、高校をやめたいと思うようになりました。

 

『今日は学校に行きたくない!』というものの『とりあえず行きなさい』とこれまたさらっと母に言われ、仕方なく学校へ…ここでもまたお母さんにうまくかわされました 笑

 

そんなこんなで卒業までなんとか通い続けられ、ここでもお母さんに感謝です♬

 

ピアノが楽しくなる

ピアノ科には興味がありませんでしたが、高校では別に音楽科の先生の指導を受け、今までとは違った専門的なアドバイスをたくさんもらいました。

 

慣れるまでに苦労しましたが、だんだんその専門的なことこそ音楽を深めていくには大事なことだと悟り急にピアノが楽しくりました♬

 

開眼する

そのまでは元気な曲、単にかっこいい曲に憧れて弾いていましたが、ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』で開眼!

 

それまでどちらかというとゆっくりな曲は嫌いでしたが『亜麻色の髪の乙女』を弾いた時になんて美しい曲だろうと感激しました。

 

当時の私のその演奏を周りの人がとても良かったと絶賛してくれて、自分のピアノへの意識がさらに向上しました。

 

大学受験

日芸を受けるも少しのところで残念な結果に…

 

ショックを受ける間も無く次の試験を受け、洗足学園のピアノ科に受かり、中の良い友とも一緒に通学できることになり未来が広がりました。

 

受験の時に時計を忘れてしまい、部屋には時計がなく、大慌て。たまたま近くにいた受験生に時間を聴くなどしてなんとかやり過ごしました。

 

鬼の霍乱?

私は健康でこれまで風邪ひとつひいたことがなかったのですが、一人暮らしを始まり、緊張のせいかなんと入学式の前日に発熱。フラフラになりながらもなんとか入学式に出たのを覚えています。

 

楽しい大学生活

高校時代、友人関係には恵まれていませんでした。

 

期待せずに入った大学での人間関係…ところが、なんと受験の時、時間を聞いた受験生も合格していてすぐに友達になりました。

 

今でも定期的に会う友人となり、大学時代は友人関係に恵まれました

 

本場のレッスン指導

レッスン担当は和田さやか先生。ハンガリーから帰国したばかりの先生で、私の弱点を見抜いてくださり、一から基礎を叩き込んでいただきました。

 

私が帰国後初めての生徒ということもあり、とてもよくしてくださいました。この頃一番ピアノを練習しました。

 

音大生用のアパートでも、学校のいろんな教室のグランドピアノでも練習し、1〜2年の頃はパッとしませんでしたが、徐々に練習のコツがわかってきました。

 

レッスン時には録音し、それを元に自宅で毎日練習。6時間練習するようにななりました。難しい曲にもチャレンジし、自分で自分の成長が感じられました。

 

大学4年生、卒業試験に用意していた曲がありましたが、いまいち気乗りせず、11月に思い切って曲を変更。自分が取り組んだことがない程の大曲に挑むことを決意し、猛練習が始まりました。

 

どんどん調子が上がっていき、演奏する上で感じたことのない感覚を味わいました。曲が自在になってくることも感じ、この曲はその時私の心にあったモヤモヤを取り除いてくれました。

 

上り調子のままいざ試験へ!

 

練習通りに落ち着いて演奏で、曲との一体感が忘れられません。しかし時間が超過して減点されたので、点数は低かった。。。(でも、満足しています!)

 

専攻科に進学

大学卒業後、就職はせずに専攻科にあと1年通いました。もっと上手になりたい!先生のレッスンに通いたい!そう思い、あと1年という約束で専攻科に進学しました。

 

専攻科では演奏会がたくさんありました。ソロの試験とアンサンブルのコンサートと毎月のようにコンサート三昧。エレクトーンとピアノコンチェルトのコンサートもありました。

 

ウィーン研修では生まれて初めての海外旅行に行きウィーンでコンサートを行いました。本場の空気を感じられたこと、演奏した教会の響きが美しかったことを今でも鮮明に覚えています。

 

卒業演奏会はサントリーホールブルーローズでした。友人や恩師に恵まれた本当に良い経験が出来た学生生活でした。

 

海外旅行にハマってしまい、毎年旅行に行っています( ˘͈ ᵕ ˘͈ )♡

 

卒業後群馬に帰る

卒業したら親からの金銭の援助は無しかったのですが、ピアノの練習がしたい

 

群馬に帰ってピアノの先生になれば昼間は少し時間が出来るし練習も出来ると思い、友人の紹介で地元の音楽教室のピアノ講師になりました。最初の生徒は4人でした。

 

自宅教室の開業

音楽教室に勤めている頃、知り合いのお子様を見て欲しいとお話がありそこから自宅教室を始めました。

 

とても可愛らしい子で小さくていつもニコニコレッスンに来ていたのが懐かしいです。私だけでなく私の家族も彼女が可愛くてよく話題になっていました。

 

初めてのクリスマス会は5人で自宅のレッスン室にて開催。現在は近所の区民センターで子供だけで30人以上が毎年参加しています。

 

初めは発表会を開ける人数でなかったので知り合いの発表会に混ぜてもらいました。

 

2015年、生徒数も増えて発表会を開けるようになりピアノ教室ハーモニー単体の「ピアノコンサート」を始めます。

 

2017年の第3回ピアノコンサート(発表会)では出演者は35人。今年は初めて生徒をコンクールに参加。2人参加で、2人金賞を受賞!!

 

生徒の演奏力も高めたいと思っています。2018年現在現在生徒数は40人です。

 

今もピアノを習う

大学卒業してからは群馬や東京でコンサートに出たり発表会に出ています。私にとってピアノのレッスンに通うことは、欠かせないものとなっています。大学卒業してからも同じ先生についています。

 

レッスンに行くと色々ご指導いただき、私が子供に言っている事と同じような事を指摘される事もあるが自分の演奏が良くなることがとても楽しいし、意識が上がる。曲が生きてくるのがわかります。

 

幼い頃から続けているピアノだけど、今も新しい発見の毎日で、レッスンでの先生からのアドバイスは毎回新鮮です。

 

大学に入ってからの私のピアノを弾く事から受ける感動は非常に大きかったです。もっと早くから知りたかったとも思いました。なので、今自分が習っている事をなるべく子どもたちに教えたいと常に思っています

 

現在もレパートリーを増やしていきたいと思って日々奮闘中です♬

 

生徒の活躍が嬉しい

 

ピアノの先生になりたての頃は、コンクールなんて考えたことはなかったのですが、教室に通ってくれる生徒さんたちの演奏が上達する様子をみていて、コンクールに参加してみない?

と声をかけたことがきっかけに、数名コンクールに挑戦するようになりました。

北関東ピアノコンクールでは、金賞受賞が毎年のこととなり、私も生徒と一緒に自信をつけて全国大会まであるコンクールに参加することになりました。

コンクール参加人数は年々増えていて、みんなの活躍が私の指導法の勉強へのエネルギーになっていて、群馬・東京・長野。。とたくさんの勉強会に参加しています。

 

コンクールに参加していない生徒も学校で代表の伴奏をする生徒も多く、生徒さんたちの活躍と成長にいつも元気をもらっています。

一緒に頑張り、一緒に成長していきたいと思い、ピアノの演奏同様にこちらも勉強し続けたいと思います。

 

 

実績

  • 高崎経済大学附属高等学校音楽コース卒業。
  • 洗足学園音楽大学音楽学部ピアノ科卒業。
  • 同大学音楽専攻科修了。
  • 第48回高崎新人演奏会出演。
  • 2009年アンサンブルコンサートにて、青島広志と共演。
  • ウィーンを中心としたヨーロッパ研修旅行にてウィーン国立音楽大学での演奏会に出演。
  • 専攻科修了時、サントリーホールブルーローズにて修了コンサート。
  • 洗足学園音楽大学同窓会湘南支部新人演奏会出演。群馬支部新人演奏会に出演。
  • 藤岡市フレッシュコンサート出演。
  • ジュラキシュ氏のマスタークラスを受講。
  • ルイス・フェルナンド・ペレス、グヤーシュマルタのレッスンを受講。
  • 第37回ぐんま新人演奏会出演
  • グリーンコンサート2019出演
  • 上毛新聞「旬の人」掲載(2019)
  • 群馬子どもコンサート
  • 群馬音楽協会会員
  • リトミック研究センター会員初級・中級・上級資格取得
  • ピティナ(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)指導者会員

 

指導歴・生徒コンクール

 

  • 第18回北関東ピアノコンクール、プレコンペティション部門にて、1.2年の部金賞(1位)。3.4年の部金賞。
  • 第19回北関東ピアノコンクール、プレコンペティション部門にて、1.2年の部金賞(1位)。3.4年の部金賞、銀賞。
  • ブルグミュラーコンクール2018東京大会ファイナル出場
  • ピティナピアノコンペティション2019地区予選 A1級 奨励賞
  • ブルグミュラーコンクール2019東京大会ファイナル出場
  • ブルグミュラーコンクール2019指導者賞受賞

 


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